最近の裁判例、Bank of New York Mellon (International) Limited v Cine-UK Limited 及び London Trocadero (2015) LLP v Picturehouse Cinemas Ltd [2022:EWCA CIV 1021] における英国控訴院の判決は、コロナ禍中の滞納賃料の回収に関して、再度賃貸人に有利な判決を下しています。
本件の概要
本件は、映画館が一部閉鎖した2020年6月から2021年7月(「コロナによる行動制限期間」)の間の滞納賃料に関するものです。290万ポンドの賃料と共益費の支払いが滞ったため、賃貸人は法的措置をとることにしました。本件訴訟は、2022年商業賃料(コロナウイルス)法(Commercial Rent (Coronavirus) Act 2022)(以下「同法」)により導入された強制仲裁スキーム(mandatory arbitration scheme)の施行前に始まりました。この強制仲裁スキームは特定の滞納賃料、すなわちコロナによる行動制限期間中に強制閉鎖命令の対象となった建物に関して累積した滞納賃料に対して適用されます。
高等法院(下級審)判決の意義とは?
まず、高等法院(High Court)において賃貸人に有利な判決が下されましたが、これは当時は認められていなかった(資産の)没収やCRARといった商業用賃貸借契約向けの一般的な執行方法ではなく、裁判を通じて金銭支払判決を得ることによってコロナ禍中の滞納賃料の回収をするという、(その後)多くの賃貸人が頼りとすることになる前例を確立することになりました。なおCRAR(Commercial Rent Arrears Recovery)とは、商業施設の賃貸人が賃借人の所持品を管理し売却することで、滞納賃料を回収できる法的な手続のことです。
賃借人はどのような理由で控訴したのか?
高等法院の判決後、賃借人は控訴院(Court of Appeal)への控訴を許可されました。賃借人は、控訴で主に3つの点を指摘しました。
- 物件が合法的に使用可能であることが賃貸借契約の基本的条件であること。
- 物件が合法的な用途に使用できない場合は賃料を支払う義務はないという黙示的な条件があること。
- 「破損している、居住・使用に適さない」(damaged and unfit for occupation and use)という基準には物理的でない損害も含まれるべきであること。したがって、経済的な損害もこの分類に該当するべきであること。
控訴院の判断は?
控訴許可後、控訴院は高等法院の判決を改めて支持し、上記3つの点すべてにおいて控訴を棄却しました。まず最初の点について、控訴院は、賃借人の、賃料の支払義務は当該物件が映画館として合法的に使用できるという前提に完全に基づいており、当該物件が強制的な閉鎖対象となり、コロナによる行動制限期間中に商業利用が不可能であった状況下で賃料の支払を義務付けられることは、賃貸人の「不当利得」(undue enrichment)につながり、またかかる閉鎖期間中は賃貸借契約は(後発的)不能となった、という主張を退けました。(控訴院は)このような主張は、合法的な使用を賃貸人による保証対象事由から明示的に排除する賃貸借契約書の条件と特に矛盾していると判断しました。本件では、賃貸借契約はそのような問題から発生するリスクを明らかに賃借人の負担としていると判断したのです。
第二の点について、控訴院は、ある条件が契約の黙示の内容となるのは、その条件が言うまでもないほど明白なものであり、かつ契約を有効にするために(そのような黙示の内容を読み込むことが)必要な場合に限られるというのが確立された判例の立場であることを明言しました。この厳しい要件が満たされない限り、裁判所が商業当事者間で合意された明示的な賃貸借契約の条件を修正することはないということになります。控訴院は、本件賃貸借契約は当事者間のリスク配分を明確にしており、根本的に本件賃借権は、許可された用途のためではなく、合意した期間中の使用を目的として付与されたという理由で、本件は(契約上、黙示的な条件の読み込みを認めるべき)要件を満たしていないと判断しました。
控訴院は上記の第三の控訴理由を速やかに却下し、高等法院の第一審の裁判官(Master)の意見に同意しました。パンデミックのリスクをカバーする保険が付され、賃貸借契約に基づいて実際に賃借人が保険料を払っていたにもかかわらず、賃料停止条項は物理的損害または破壊にのみ適用されると判断されたのです。そして控訴院は対象物件はパンデミックによる損害は被っていないという厳格な見解を示しました。つまり、損害とは物理的な損害を意味するとしたのです。さらに、この保険は、本件のように賃借人が賃料を支払わないことを選択した場合の不払賃料の損失はカバーしていませんでした(むしろ、パンデミックのリスクが実際に発生した場合に、賃借人に法的な支払義務がないとされた場合の賃料損失のみカバーするものでした)。控訴院は、賃借人は賃貸借契約において(自らに)配分されたリスクに対して、独自に保険をかけることは明らかに可能であるところ、そのリスクを回避するために、契約条件の書き換えを求めることはできないと判断しました。
コロナ禍における滞納賃料の請求をされる賃借人にはどのような影響があるか?
原稿執筆時点では、同法に基づく裁定は3件しか公表されておらず、申請書の提出期限も過ぎています(下記注参照)。したがって、控訴院の最近の判決を考慮すると、賃借人としては、賃料の滞納が続いている賃貸借契約の条件、そして独自の保険による救済策を慎重に検討し、将来的には賃貸借契約上のリスク配分に関するアドバイスを受ける必要があります。既存の滞納賃料に関し、(賃貸人との間で)支払い計画の合意もなく、同法に基づく仲裁手続における決定を待っているわけでもない賃借人は、同法に基づく滞納賃料に関する強制執行に対するモラトリアム(支払い猶予)期間が失効する2022年9月24日の時点で賃料の滞納が続いている場合、その賃貸借契約に関してCRARまたは(資産)没収の危険にさらされる可能性があります。
3CSにできること
この判決は明らかに商業用賃貸人に有利なものですが、よく練られた包括的な賃貸借契約の重要性も強調しています。将来的な混乱を避けるため、現在多くの賃貸人・賃借人は、賃貸借契約にパンデミック対策条項と不可抗力(force majeure)条項を入れるよう主張していますが、そのような条項が受け入れられるかどうかは最終的に商業用物件の賃貸借市場において決められることになるでしょう。そのような条項が受け入れられない場合には、賃借人は配分されたリスクを明確に理解し、保険をかけるべきであり、賃貸借契約期間をカバーする保険の費用を考慮する必要があります。
賃貸借契約、商業用や住宅用不動産の問題について法的なアドバイスが必要な場合、3CSの担当者までご連絡ください。
注:仲裁スキームの申請に関する現在の期限は2022年9月24日です。(ただし、同法の通知要件を考慮すると、遅くとも2022年8月27日までに手続が開始されている必要があります)。